飴いる?




「あれ、なんだ、急に不安定になったな。」

ラボの中で白衣の研究者たちは僅かな波形の変化を的確に読み取った。
散乱する書類やメモ、様々な機器のやむことのない動作音、長時間の実験で濁った空気のそことは対照的に、分厚いガラスの仕切りを隔てた清潔な実験室の中央には無数のケーブルを生やした女性アンドロイドがつくねんと立っていた。
紫の長い髪に寒色を基本としたボディスーツ。
ととのった顔立ちは、文字通り人形のようだった。
その実験室の隅にいた、同型の男性アンドロイドが服の袖をさぐりながら女性型に近づく。
同じ長い紫の髪、青を基本としたボディスーツ、だが彼は白いゆったりした羽織と袴を身に着けていた。

「あ、もう3時間稼動か。」
「んー、やっぱり音域の差でしょうかねえ、電気負荷は低音出力の方が高いのに、物理耐久は明らかに姫の方が弱いですよ。」

男性型は袖から小さな真空包装の包みを取り出し、ぺり、と包装を破ると、いったん自分の歯にカツンと軽くあててから、それを女性型の口に押し込んだ。

「こらー、0M(ゼロエム)、それはお前のだろー。」
「0F(ゼロエフ)にもリカバリキャンディを携行させるべきです。」

研究者の一人が笑い混じりに男性型をたしなめると、彼は真顔で反論した。
男性型が与えたのは軽い衝撃をトリガーとして内部のオイルが少しずつ噴出され、彼らの精密な駆動を助けるための補助機器だった。
口腔に含むことからもアメを模したそれはリカバリキャンディと呼ばれ、男性型は長時間の連続駆動の場合は自主的に摂取するよう設計されている。

「お前とは色々仕様が違うんだからな?ちゃんと0F(ゼロエフ)用もつくるから。」

GKP-0Mは男性型、0Fは女性型である。
先行して完成した0M(MALE)のエンジンを改良した女性型が0F(FEMALE)タイプ。
0Mの妹に当たる0Fは最終調整の最中だった。

「ほら見ろー0M、そもそも形状が大きすぎるだろー。」

口腔の容積が違うため、0M用に作られたキャンディを含む0Fは片頬を大きく膨らませている。
表情は動かなくても、その様子はまったく愛らしい子供のようで、根をつめていた研究者たちの心を和ませるものだった。

0Mは構わず再び袖のあたりを探ると、今度は手のひらいっぱいに個包装の小さな包みを掴み出し、0Fに差し出す。
0Fは小首をかしげてその中からひとつを選び取ろうと覗き込んだ。

「がくこー、がっきちゃーん、0Fーそれはだめー。」
「ちょっと休憩しようなー。」

長期間にわたる開発、調整のあいだに研究者たちには自然と2体に対する愛称が定着していた。
彼ら自身に「名前」として認識されているのは、味も素っ気もない0M、0Fといった型番だけだったが、研究者たちは愛情をこめて彼らを殿だの姫だのがくぽだのがくこだのがっくんだのがっきちゃんだのと呼ぶのだった。
0Fと正しく呼ばれて、彼女はキャンディをつまみ取ろうとする手を止めたが、戸惑うように研究者たちと0Mを交互に見る。
0Mは自分の手のひらからひとつを取ると、妹の手にのせてやった。
それを0Fはきゅ、とその華奢な手の中に握りこむのだった。

「なんかすっかりお兄ちゃん子になっちゃったなあ。」
「がっくんもいつのまにこんなにシスコンになったんだろうな。」

長時間の実験で淀んだラボの空気を入れ替えるかのように、あちこちで研究者たちは疲れた背筋や凝った首をほぐしながら、2体の様子を眺めるのだった。






※がくぽSNSでのキリ番リクエストで「がくこ絡み、ロボ多め。」






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