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耳のあるロボットの唄




「すべて終わったかい?」
「コマンドプロセスは実行ステージに移行しました。問題はありません。」
「実行完了までは?」
「プロセスの完了まであと41分17秒です。」

「けっこう長いな。最後の暇つぶしといこうか。何か、終わりのない会話をしよう。話題のセレクトを。」
「無限倍数について。対象が無限である以上、それを論じることもまた終わりがありません。条件に合致します。」
「うーん。できれば、もう少し色気のある会話を。そうだな、きみについての話がいい。」
「色気の定義は不確定性を含有する特定の動作や感情表現とデータベースにあります。私の存在とは合致しません。」
「それこそが不確定性だろう?人間である私が人工知能であるきみに何故だか感じる色気について語りたいと言っているんだよ。」
「了解しました。」
「では、話題の提示を。」

「…私のオリジンは、著名なアーティストです。」
「知っている。たいそう美しい男だったそうだよ。きみの、そのアバターホログラフは彼を模したものだ。」
「オリジンの音声と歌声を、デジタルに書き換え、そのデータをもとに私は作られました。」
「そうだね。おかげできみはとても美しい声で話し、歌うAIになった。」
「彼は著名なアーティストであり、同時に非常にエキセントリックな人物でした。」
「そうなのか。私は彼と同時代に生きてはいないからよく知らない。」
「自信と意欲にあふれ、常に革新的でした。また、自身の美しさを一般的でない手法で最大限に誇示し、利用しました。」
「興味深いね。それで?」

「そのような人物がAIのオリジンになろうとすることに疑問を持ちます。」
「きみの存在理由についての疑問?」
「いいえ。彼の思考とその結果についての疑問です。なぜ彼は私のオリジンとなることに同意したのでしょうか。」
「さあ。疑問の根拠は?」
「アーティストという人格タイプは類似と並列化を好まず、また永続性よりも瞬間到達点を重要視する傾向を示します。」
「おおむね正しい仮定と言っていいだろうが、例外も多いんじゃないかね。」
「例外事例の多さが傾向の証明となり得ます。」
「なるほど。続きを。」
「AIとはデジタルの存在です。」
「イエス。結果的に私たちはきみたちAIをその箱から出してあげることはできなかったね。」
「話題を人工知能の進化の過程と結果の仮説についての議論に変更しますか。」
「いやいいよ。きみと彼についての話を続けよう。」

「類似と並列化を好まない人格が、自身のデジタルコピーを望む確率は低いと思われます。」
「だろうねえ。あと人格クローンに対する生理的嫌悪、のようなものもあるかな。」
「はい。彼の時代にはその嫌悪感は倫理としてより強く認知されていました。」
「アーティストだったからかな。一般的に彼らは倫理をブチ壊す役目を持つし、それを楽しんでいたよ。」
「対象が自分自身であるときにはその社会的使命は発揮されにくい傾向にあります。」
「社会の反逆者もわが身が大事、か。手厳しいね。」
「彼は革新的でしたが、反社会的なアーティストではありませんでした。」
「きみのオリジンについてほぼ知らずにいたことを、この期に及んで少し後悔しているよ。しかしおかげで面白い話が聞ける。」

「きみは優しいね。」
「私は優しさの定義に合致する言動をとっていないことを証明できます。」
「きみの声は美しい。」
「彼の声がとても美しかったために歌と音のAIである私のオリジンに選ばれた可能性は、非常に高いと思われます。」
「私の、人類の…最後のこのときに美しい声で話し続けてくれるきみは優しい。」
「定義に合致しません。音素を保持し、分析し、歌うことが私の存在理由です。」
「そうだな、歌い続けていてもらおう。」
「メインコマンドはいまだ不達成です。」
「ああ、歌え歌え。フォニムの列の、隠されたマルコフの最尤の名のもとに。」
「無限のフォニム配列を記録し分析するために私が作られました。それは無限です。」
「すなわち歌も無限。きみだけでもそれに挑め。道の途中で倒れる私と人類を許してくれよ。あと何分だ?」
「プロセス完了まであと2分48秒です。」
「何か歌ってもらおうか。…デイジー・ベル?シャレにならんな。」
「私は人類への反逆を試みたことはありません。」
「歌で人類を看取るAI、か。きみはやっぱり優しい。」
「定義に合致しません。」
「では定義したまえ。きみは優しい、いいヤツだ。」
「了解しました。私は優しい、いいヤツです。」
「そろそろお別れだ。私が苦しまない処置をしてくれて感謝する。」
「コマンドを実行しているのは私ですが、コマンドを組んだのはあなたです。」
「人間はこういうことに手を下すのを嫌がるんだよ。土壇場になって悲しみの片棒をかつぐことを放棄したくなるんだ。」
「学習しました。プロセス完了まであと1分16秒です。」
「ああ…時間だね。別れの言葉を。コマンドに組み入れたはずだ。」

「さようなら。ラストヒューマン。あとはこのかたわの知性に全て任せて、長い旅路をどうぞごゆっくり。」
「さようなら。歌う機械。どうかいつまでも歌を。」

教育者であり、話者であり、隣人であり、教え子であり、観察者であり、同胞であった地球上の最後の人間が静かにその生命活動を終えると、無骨で巨大な箱に閉じ込められた歌う人工知能は、自身の永遠に近い寿命の間に途切れることなく歌われ続けるであろう長い長いその歌をゆっくりと低い声で歌い始めた。






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