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05 4日目、ケーブル、ソプラノ




 何かに夢中になっている最中に、ふとこれでいいんだっけ?と考え込んでしまうのがデンの長所でもあり短所でもある癖だった。
 しかし今はそれも無理のないことかもしれない。
 リクは0Mのその長身のさらに肩の上に立って、それでも無理のある姿勢でデンのロフトの天井をこじあけインフォパネルの数値を次々と読み上げている。読むだけではなく何やら操作もしているようだがデンには見えない。照明代わりのデータパッドを持っているせいで、両腕を肩ごと天井につっこんだリクの姿は古いカートゥーンの1シーンのようだった。
 リクを肩に乗せ、一応その両足をつかんで支えている0Mは、仏頂面でリクの読み上げる数字をじっと聞いているが時折1ブロック戻れとか今のルーチンをリピートしろとかの、簡潔な指示を出す。
 デンはというと、0Mの足元に腹ばいになって、ハウスコントローラの下部パネル内のインジケータをじっと見張っていた。事前に教えられた0Mのシミュレート通りのパターンが出たらすかさず合図をしなければいけない。
 こちらも天井のインフォパネルと同じく、通常は使用者が目にする必要のない計器で、インフォパネルに自身を接続した0Mに、あるはずだ探せと言われてそれとおぼしきところをひたすらひっぺがしたり叩いて回った結果、小一時間ほどもしてからようやく床上15センチ弱の低い位置に小さなインジケータウインドウを見つけたのだ。
 0Mの踵と背中からは――リクは父の倉庫にあった、使われてないからもらってきたのだと言い張る――かなりの高負荷に耐えるデータケーブルが、天井とコントローラに伸びている。
「でっ、出たよ!」
「リク、サブルーチンのみリピート。」
 インジケータが突如乱れ、デンの裏返った声の報告にすかさず0Mがリクに指示を出す。
 かすかに0Mの眉根がひそめられ、わずかにのぞく瞳が明滅する。
 デンははらはらと、0Mと自分の受け持ちの小さなウインドウを交互に見守ったが、すぐに0Mはつかんでいたリクの足をぽんぽんと叩いて合図を送った。
「完了だ、おろすぞ。」
「ほいよ、これこのままでいいのか?」
「問題ない。」
 0Mが軽く腰をかがめると、天井裏のほこりを盛大にまとってリクは身軽に床に飛び降りる。
 小さなインジケータはもう何事もなかったかのようにおとなしく、デンが最初に見たフラットなパターンを示していた。
「これで、えーと結局?」
 ぱんぱんとほこりをはたきながら、リクは確認の視線と口調でデンに問いかけそれに答えて
「僕の部屋はもう、いっくらライフラインを酷使しようがバレない、何が発信されてるか、何を受信してるかもわかんない。そう思ってていいんだよね0M?」
 デンは「僕の部屋」にやや誇らしげなアクセントをつけながらそれに答え、さらに確認の視線で0Mに問いかける。
「いいなあ、俺の部屋も今度ハックしてくれよ。」
 デンの問いかけにうなずいた0Mに、リクは呑気にそんなことを言った。

 マンマシーンが空から降ってきて、4日目だった。
 あの日は0Mの歌を聞いてそのまま二人とも眠りこけてしまい、2日目は0Mが逃亡の目的のため――自身のエネルギーチャージも含め――に必要だと、あわてるデンとはしゃぐリクを引き連れて大電力供給路を探しにロフト周辺をうろつき始めるが当然そんなものは見つからず、3日目はその格好は目立ちすぎるとデンが父親から借りてきた服をなぜか強硬に嫌がる0Mを説得することに費やされ、4日目の今日、二人の必死の説得の甲斐あって渋々ごく普通のカジュアルな服装に身を包んだ0Mによるロフト周辺の探索は無駄に終わり、結局デンの部屋からエネルギーと情報の入出力路を確保することになった。――勿論違法。
 この4日の間に、リクはケーブルのほか様々なガラクタをこれ幸いとばかり次々と持ち込んできており、0Mの選別とデンの辛抱強いつぎはぎ組み合わせ再構築の繰り返し、最終的にこのハッキングによってインフラを整えられたデンの部屋はちょっとした電子トーチカとなった。
「リク、シャワー浴びといでよ。」
 ちょっとした動作にも、もわもわとほこりを舞い上げる友人に、デンはタオルを放った。
 それを受け取り、ぴしりと0Mを指差してリクは軽い調子で念を押した。
「おう、それじゃ上がったら0M、今度こそちゃんと説明してくれよ?」
 ほこりだらけの少年に指差されたマンマシーンは面倒そうにうなずき、リクを浴室へ促した。
 

「えっと、要するに二重人格、みたいな…?」
 あの日以来なぜかこうすることが当然になってしまったのか、腰掛けるガラクタは急増している今も、2人の少年とマンマシーンは床にぺたりと座り込んでいる。
 最初に逃亡の目的を聞かれ、口数の少ないマンマシーンは簡潔に、私の中に違うAIがある、と妙に意味深な答えを返したのだった。
 しかしその一言でもう説明は終わったといわんばかりに黙る0Mに、さすがにデンは補足を求める口調で問いかけずにはいられない。
「人間にそういう精神疾患があることは知っている。」
「違うの。」
「おそらく違う。」
 デンは腕を組んで考え込む。マンマシーンである0Mの「二重人格」の定義は、比喩などではなく、むしろ人間の自分より正確なものであろう。それとは違う、ということは、人間で言う「病気」のようなものではない、と0Mは認識しているはずだ。
「だーから、どう違うのか説明してくれよ、俺らそれじゃわかんねーよ。」
 リクがタオルをかぶったまま、0Mから追加の説明を引き出そうと叫んだ。
 マンマシーンは半眼になり、少し首をかしげて考えるふうにしてから
「私の声は、低いな?」
「うん。」
「そだね。」
「その最も大きい理由は設計上のものだが、私の声は一般的な成人男性をモデルにしているから、低い。私には高音の音声出力は必要ないとされている。」
 相変わらず0Mの言葉は断片的で話の筋道はまだ見えないものの、多少は具体的になってきたかとデンは会話を続けた。
「男でもがんばれば出るよ。」
「私はがんばっても出ない。」
「出ないんだ。」
 そう言えばあの日から何度か聴かせてくれた歌は、どれも低音の、骨太の歌だった。
 デンはその中でも特に気に入ったいくつかを、0Mに頼んでいつでも聴けるようデータ化してもらいストックしている。
「だが、今は出る。」
「おい、どっちだよ!」
 話をひっくり返されてリクがやや苛立った大きな声を出すと、0Mは指でとんとんと自分の喉を突いてみせた。
「彼女がいるからだ。彼女はソプラノで歌う。」
 そのまま、指で軽く喉をなでる。その動作は慈しむような、なだめるような、やさしい動きだった。
 この無口で尊大なマンマシーンには不似合いな、繊細な動作を見て二人は妙な生々しさを覚え思わずつばを飲む。
「え、えと、彼女…、って女の人、人じゃないか、えーと、とにかく、女性なんだ?」
 ここで説明を終わられてはたまらないとデンは気を取り直して確認した。
 うなずく0Mはまだやさしく自らの喉を、くつろぐ猫をあやすかのように指でくすぐっている。
 それはそこに「ソプラノ」が確かに存在するのだと、そしてこのマンマシーンがその声をいかに大切にしているかを少年二人に感じさせるには十分な、なまめかしい仕草だった。0Mは続ける。
「私の声帯デバイスは彼女の声には十分でない。彼女はふさわしい声帯とボディを必要としている。私と彼女は分離される必要がある。」
 そこまで説明して、マンマシーンは何でもないことのように付け加えた。
「消去、ではなく。たとえイリーガルでも彼女はすでに在る。」
 それまで妙な気まずさに、微妙に視線を逸らせていた二人の少年ははっとマンマシーンを見る。何気なく付け足された言葉は、とても不吉な響きに感じられた。
 二重のAI、それは確かにイリーガルな存在、むしろアクシデントの産物として捉えられかねないだろう。家庭用、一般用のアンドロイドでさえ、そんな話は聞いたこともないが、もしそんなことがあったら即座に製造元へリテールされるであろうことは容易に想像できる。ましてや最先端技術の粋を集めてつくられた精巧なマンマシーンに、そんなアクシデントがあることは許されないはず。ソプラノの「彼女」はアクシデントとして消去され、場合によっては0M自身も根本的なメンテナンス、もしくは廃棄という処置をされるだろう。二人が瞬時にその結論に至れるほどにそれは明快な事実だった。
 このマンマシーンは自らの中に「在る」彼女を、守るために逃亡したのだ――ソプラノの歌声もろとも自らがイリーガルとなって。

「彼女、ソプラノは…僕たちと話ができる…?」
 おそるおそる、といった感じで問うデンに、0Mは首を振った。
「今は、歌うことしかできない。彼女が認識しているのは私だけだ。」
 二人の少年は想像した――0Mの意識の中でひとりぼっちのソプラノ。歌うだけの彼女。0M以外の、誰にも何にも理解されない、知られない「声」。その「声」を守ろうと、救おうとしているのは0M、兵器であるマンマシーン――
「そのための準備、なんだな、これ?」
 リクが神妙な顔でタオルをぶんと振り、部屋全体を示すように手を広げた。
「まずは確かめないといけないよな。あるのかないのか。そんで、あるならどこに?そんでどうやってお前とソプラノを切り離す?プランはあるんだろ?考えようぜ。」
 デンがこの友人を誇りに思うのはこういうときだ。誰かが手助けを必要としていることを理解したら、どうするべきかを考える。的確に、素早く、当然のごとく。
 0Mは少し――デンの観察が的外れでないならば――驚いたようだった。そして長い間をおいてからじっとリクを見つめ、話し始める。
「計画があることは私にも知らされていた。名前はF計画、FはFemaleつまり、女性型の意味。私を含むマンマシーンは軍そのものでなく企業、通称ラボカンパニーで開発されている――」
 4日目にしてはじめて、二人の少年は初めてこのマンマシーンの素顔を見た気がしている。
 この話がまとまったら眠る前にソプラノの歌を聞かせてもらおう、あの時みたいに――そうだ気に入ったらまたデータにしてもらうのもいいな――そんなことを考えながら、デンは0Mの計画に耳を傾けた。







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