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04 士官室、溜息、F計画




 士官室はいつのどの軍隊でもそうであるように、よく整頓され清潔だが少し古ぼけた無骨無愛想なものばかりで構成されていた。
 手元のパッドに目を落としたままの技官の報告を聞き終えて、いらいらと壮年の将校は結論を求める声で聞く。
「結局、GKPのAIがぶっ壊れたってことなのか?」
 若い技官は顔を上げ生意気にハアとため息をついて、専門外の人間の単純さをややたしなめる声で答えた。
「言ってみりゃそうかもしれませんが、それだけじゃ説明つきません。フレイパルス発生体は固有のAIなんかないはずです、「機能」が人格?意思?を持つなんて。」
 GKP-0Mの逃亡――帰る場所を持たないマンマシーンに脱走という言葉は使われなかった――から一週間がたっており、その責任を負う将校は焦りと苛立ちを隠さなくなっている。
 しかし苛立っているのは将校よりもまさに技官たちであり、その苛立ちは絶対的信頼を置けるはずの同胞とも相棒とも言えるマンマシーンに裏切られたという寂寥感に近い。
 それに加えてこの若い技官は軍隊特有の硬直した組織の中でもがくことに、重い油の海で泳ぐような徒労を覚えていた。
 GKP-0Mが理由のない、もしくはわからない逃亡をしてから一週間、それを知る者は全員が疲れ、苛立っていた。

「その「機能」を統合制御してるのはGKPのAIだろう、なんでそれだけ外れるんだ。」
「外れるというより最初から入ってないんです。GKPのAIは「知らない」はずなんです。GKPのフレイパルス発生体は女性型機のF計画へのテスト措置ってだけで、実際は想定していないんですから。結局F計画は凍結されてしまいましたし。機能はあってもアウトプットは設計段階から入ってないんです。」
 辛抱強く、しかし苛立ちは隠さずに技官はまた説明を繰り返した。
「リモート情報はどうなんだ、現在地は?まだ何も被害報告はないのか。」
「リモートラインは生きてますが、相手は拠点防衛特化のマンマシーンですよ…見事なジャミング網でグリップすらできません。電子的捜索は続けてますが、分が悪いです。GKP-0Mによるものと思われる報告はまだ何も入ってません。」
 マンマシーンはその運用と目的の特性上、およそ全ての個体が固有のリモート信号を持っている。
 戦略要素の一部である彼らは現在位置や状態はオープンされてはならないものであるが、最終的な手綱もまた必要不可欠とされた。
 その手綱はいくつかのフェーズに別れてマンマシーンの状態をモニタするものであり、その絶対性は枷とも言うべきものに等しい。
 その枷のメリットは様々に大きく、例えばマンマシーンが敵戦力に落ちた場合──過去に例もなくはない──はリモートからAIの破壊や機能停止が可能であり、またその事実は同時に抑止力となってマンマシーンたちの奇妙な安全につながっていた。
 高度に発達した戦略情報機器を自在にコントロールできる拠点防衛型にとって、この枷を外すことはままならなくとも、枷の行方をごまかすことくらいはわけないだろう、というのが技官たちの仮定、および結論だった。
 最終的解決策は、常に人間が持っているのだ──乱暴だが。

「手も足も出んな…そもそも、何で逃亡したんだ。AIの故障なら、もう1週間もたつのになぜ暴走の痕跡がない?」
「だからわかりませんと。わかってるのはGKPのリモートに不完全なAIパターンが混入してきているってだけなんですよ。リモート信号がなかったらどこかで機能停止してるとしか思えないほど静かです。」
 若い技官は自らの仮説のほとんどをおそらく正しいと密かに確信できていたが、これだけは本当に彼にも不可解だった。
 そもそもリモート信号は、人の指紋や静脈紋のように、それぞれのAIが固有で持つパターンを信号として取り出したものなのだ。
 それが複数になること自体があり得ない。
 技官達はまず機器の故障を疑い、偏狭的な丁寧さで点検を繰り返したが、機器たちは機械らしく何度もYesを返すのみで、結局彼は確信できない仮説を内心侮っている上官に報告せざるを得なくなった。
 GKP-0Mの「中」に新たなAIが生まれた?そもそもAIは「生まれる」ものですらないのに。

 将校は天井を仰ぎ、考える。
 そのまま、問題を整理する声で
「GKPのAIに故障や暴走の痕跡らしきものはない…」
「はい。逃亡直前から今まで、実に安定したもんです。」
 若い技官はよどみなく
「なのにGKPは実際に逃亡し、リモートには不完全だが二種のAI信号が入ってきている…」
「そうです。」
 将校の思考を邪魔しないように簡潔に答える。
「推論として、GKPのAIの統合制御から外れた「何か」がAIパターンを持った?」
 ハイ正解よくできたなと自分の仮説を正しく理解したらしい将校を、心の中で兄のように技官は褒めてやる。
「そうです、あくまで我々の推論としてですが。他にGKPが逃亡のために特殊なジャミングを展開している可能性もあります。」
「…AI偽装とは随分と画期的だが面倒すぎる上に戦術メリットは薄い…マンマシーンが選ぶ戦術ではなかろう。」
「あくまで可能性のひとつとして。この不完全なAI信号が故障の痕跡と考えることもできますが…」
「正常なAI信号が同時に入っていることの説明がつかんか…さらに推論として、その「何か」はフレイパルス発生体?」
「それくらいしか思い当たらないんです、我々、軍の運用陣だけじゃ。とにかく、早急にラボカンパニーの技術者に情報を公開する許可をください。いくらせっつかれても、こんなあやふやな推論で対策はたてられません。」
 切り口上で訴え、さらに脅しを突きつける悪党のような勢いで、技官は腕に抱えたデータパッドを将校の机の上に滑らせる。
 将校は渋々と緩慢な手つきで何度かパッドを撫で、該当のページを表示させると薬指の背に埋め込まれたIDインプラントをスライドさせて技官の要求に答えてやった。

「…凍結や破壊は最後の手段だ、あれにいくらかかってると…」
「わかってます。」
「いっそ暴れてくれればスクランブルでもなんでもかけられるんだが。誘拐犯からの要求を待つようなもんだ、相手が動かないうちは何もできん。」
「誘拐犯、ですか…まあ確かにあれだけ高価なマンマシーンなら誘拐のしがいもありそうですねえ…」
「テロリストが兵器を「誘拐」するのは古典のやり口だ、が、それだけに有効でもある。引き続きその可能性も視野に入れなくてはならん。ラボカンパニー技術陣とのセッションには十分注意しろ。」
 有能な将校は有能ぶりを最大限にこめた重々しい口調で釘を刺したが、若い技官には無用な茶番に思えている。
 防衛型とはいえその戦闘能力は十分高く、群集鎮圧用の遠射程音響砲<LongRangeSoundCanon>を備えた一国の軍隊が保有するマンマシーンを、テロリストなどがどうこうできるわけもないのだ。
 仮に誘拐ならば話は早い。リモートであの紫の髪の「歌うたい」を壊してしまえば良い。
 しかしどこにも何にも「被害」が出ていない以上、あの高価なマンマシーンを投げ捨てるのは別のリスクが大きすぎた。
 それを思えばこの生意気な若い技官も、将校の苛立ちに同情できなくもない。
「必要なら、」
 若い技官はとりあえずの目的を達成したからか少し表情を明るくして、あわれな上官を励ますように微笑んだ。
「ラボカンパニーとの全てのログを提出しますよ、ついでに報告データもつくっておきます。」
「そうしてくれ。」
 才気ばしった若い技官は、嫌味なほどに正確な敬礼をして士官室を出て行った。






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