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「りん、という新造がいると聞いた。」
紅雲はいきなり何を言い出すのかとかすかに眉を寄せて青年を見つめた。
「としは14、7年前の冬にここに売られたと。」
「神威様。」
ぶしつけな言葉で思いつめたように話の先を急ぐ青年を、紅雲は囁くような声でさえぎった。

「わっちが何かお役に立てるかどうかわかりんせんが、そんな物言いをされちゃァ、知ってる話も知らんと言うしかできんせん。どうぞもっとお楽になすってくださんし。」
青年が自分の性急さに気付いて顔を赤らめると紅雲ははじめて笑って見せてこんと煙管を鳴らした。
音に驚く青年を微笑で制しながら、とてとてと駆け寄ってきた禿をちょいと手招きして告げる。

「りんを、呼んでおいで。」
禿は、あい、と愛想良く返事をし、青年に歯を見せて笑ってみせた。
またとてとてと駆け去る足音が聞こえなくなってから、青年は問いかける目つきで紅雲を見る。
その口は何かをためらうようにぱくぱくと開け閉めされており、その様子を紅雲はおかしそうに見つめた。
「エイ憎らしい、この紅雲を差し置いて開口一番、他のおんなの名前を出すなんて。まっさらなつぼみでなきゃァ嫌でありんすか。」
朱の煙管をつかってつねる仕草をしてみせる美しい遊女の媚態に、青年は指一本触れられていないのにかわいそうなほどうろたえて、無意味に両手を振りながらしどろもどろになった。
「す、すまん、そういうわけでは。私は、その、」
紅雲はおかしそうに笑いながら青年の唇に指を当て、さらに狼狽するさまを楽しんでいるようだった。
「まあそうあわてなさんし。何か、事情がおありとお見受けいたしやんした。ただし、」
ゆったりと体を引き、声と微笑をふっと落とし、栗色の瞳に刃物のような真剣な色を浮かべて紅雲は青年と目を合わせた。
「わっちは知らないほうがよござんしょう、神威様。わっちはどんなことがあってもりんの肩を持たせていただきとうござんすから。」

この吉原で一、二を争う遊女の貫禄と、幾重にも身にまとったおんなとしての凄みが全身からにおいたつようで、青年は密かに唾をのむ。
「神威様が何をお抱えなのはともかく、りんに仇をなすことでないと誓って頂きとうござりんす。」
この美しい遊女に憎まれでもしたら、恨まれでもしたらと思うと青年は故もなく、大罪をおかした罪人のような気持ちになった。
何を情けない、と自分を叱咤してみても背中をじわりと伝う冷や汗は止まらない。
「もし、神威様がりんにつらいことをさせるなら。」
燃えるような紅を差した唇だけを微笑みの形につくりながら、紅雲は静かに続ける。

「そん時ゃ、この三浦屋紅雲が黙っちゃおりません。そこをようく、お含みくださんし。」





   



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