「若様、神威の若様、りんには嘘をつかんでおくんなんし。」
少女の笑みが変わった。
「りんにしてみりゃあ、」
無邪気さよりも艶かしさをわずかにこぼれさせ、幼い色香を十分にくゆらせた首筋を見せつけるように、ぐいと首を倒して少女は青年の目を覗き込んだ。
「つれないのは若様のほう。」

これは、なんだ。
青年の脳裏に、斬り込まれている、という場違いな言葉が浮かんだ。
目の前にいるのは籠の小鳥のように無力な、あわれな少女ではなかったか。
「その、やさしくおきれいなお顔のまんまで、本当のお心をぴったり閉ざしておいでなのは若様のほうじゃござんせん?これじゃぁ、りんはまるでお初の太夫を前にした芋侍のよう。なにを言っても、真に受けてももらえない」
「そんな、ことは。私は、」
一回り近く年下の少女の言葉に、青年は射られたように身体を固くさせた。
少女の笑みとまなざし、そしてそれに射抜かれた自分、どれもが青年の舌を凍り付かせている。
「あいにく、りんは嘘のつけないたちでありんす。」

身体をこわばらせる青年をあわれんだか、少女は目を細めて窓の外の月へと視線を外した。
「かつてのお師匠様の落としだね、苦界に落ちたわっちをどうにか大門の外へとそのお心がけ、なんと慈悲深いお情け、そのためなら修羅もいとわぬとそのお心がけ、まっこと立派なご忠義でありんす。」

少女に見つめられその全身を柔らかく包む月光に、いわれなき嫉妬を抱く自分を青年は唐突に自覚する。

「りんは幸せ者でありんす。若様のご忠義、お慈悲の真心はこのりんのうちにもしっかり響いておりんすよ。」
ゆっくりと顔をめぐらせ、少女はまた強く青年を見据えた。
「ならば、なぜ嘘など、と。」
声がかすれた。
今おのれが発した言葉が、全く意味も力も持たないことは痛い程に分かっていた。

「ただ。若様の真心はおひとつだけじゃあ、なくって、」
少女は笑みを保ったまま青年ににじり寄り、華奢な人差し指で青年の胸を突いた。
「もうひとつ、ございましょう?」

見抜かれて、いる。
「さっきから、真面目くさったそのお顔、そのお顔の中でその目だけが、欲しい欲しいりんが欲しいと小鳥のようにうたっておいでなのを」

少女はふとその笑みを消し、
「若様はお気づきになっておらんせんの。」

問いつめるように放ったその言葉が、かすかに震えていたことに青年は気付けなかった。





   



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